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[大人の一丁目一番地(7)] 青戸1−1に行ってきたよ。青戸と青砥のこと。青砥駅の立体化のこと。環七のこと。



今回はご近所青戸1丁目1番地に行ってきました。



電信柱に住所表記がなかったので、集合住宅の入り口の写真を撮らせていただきました。


住所表記は「青戸」ですが、京成の駅は「青砥」ですね。


青砥藤綱のこと

おそらく、青砥藤綱の話は、葛飾の小学校、中学校では習うのだと思います。


かつて夜に滑川を通って銭10文を落とし、従者に命じて銭50文で松明を買って探させたことがあった。「10文を探すのに50文を使うのでは、収支償わないのではないか」と、ある人に嘲られたところ、藤綱は「10文は少ないがこれを失えば天下の貨幣を永久に失うことになる。50文は自分にとっては損になるが、他人を益するであろう。合わせて60文の利は大であるとは言えまいか」と答えた。

誠実な藤綱の話は、きっと有名ですねよね。


しかしなんで京成電鉄は青砥駅を「青戸駅」としなかったのでしょうねぇ。


お花茶屋駅もそうですが、地名をダイレクトに駅名にするのではなく、その土地の背景となるようなことが駅名になっていますね。


駅の名前は半永久的に残るもの。


京成本線の駅名の名づけ方は、少しこだわりがありますね。


1920年の青戸周辺。駅はまだない。

青砥駅の歴史



青砥駅は、京成電鉄が押上から江戸川駅あたりまで開通した1911年、青砥駅はありませんでした。


青砥駅ができるのは、今の京成本線となる上野へ向かう線路が開通することとなった1928年です。


押上線と京成本線の分岐駅として、青砥駅は誕生しました。


今の青砥駅は、改札口に抜ける階段より、上り線と下り線の乗り換えを中心に設計されています。


青砥駅は駅前ロータリーもありません。


青砥駅の立体交差が完成したのは1986年。


ダイヤ改正のたびに増発のネックとなっていたこの青砥駅乗り換えを効率的に行うようにするため、そして環状七号線の完成が影響しています。


環七道路の最後の建設区間

1980年青戸。環七も奥戸陸橋もない
環七道路の歴史は戦前に遡ります。


戦後計画は復活しますが、工事はなかなか進まみませんでした。


しかし、1964年のオリンピックまでに羽田空港とオリンピック会場となる駒沢、戸田公園までの完成を目標とし、実際に羽田から北区までが完成しています。


そして、足立区、葛飾区、江戸川区区間がその後完成していきましたが、最後まで工事が進まず残ったがの「青戸8丁目から奥戸陸橋」間。


まさに京成電車の立体化なくして、環七の完成はなかったのですね。

コメント

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[大人のかつしか] 葛飾区の子供・女性への最新犯罪情報はこちらから見れます。

昨日犯人が逮捕された新潟女児殺害事件。

残念ながら被害者の命は救われませんでした。



ほんとうなら、ご近所どうし助け合いながら、明るく楽しく生活していきたいところですが、いまのご時世なかなかそうはいきませんね。


警視庁は、犯罪情報をマップ上にプロットしてホームページ上で公開しています。

このトップページから「不審者情報」をクリックして住所を入力します。

葛飾区を東西南北にわけてちょっと見てみましょう。 ちなみに地図の記号の意味はこちら

 直近2週間に発生した、子供への声掛け事案
 今年に入ってからの子供の声かけ事案
 直近2週間に発生した、女性への声掛け事案
 今年に入ってからの女性の声かけ事案

では、まず北部水元方面をみてみましょう。


直近では理科大北部の商店街の方でしょうか、女性への声掛け事例があったようですね。


つづいて、東部柴又方面です。
川沿い方面で、女性や子供への声掛けが最近起きていますね。

次は南部奥戸、新小岩方面です。

件数が少ないことがわかります。


そして西部です。
このへんはいろいろありますね。
女性や子供への声掛け以外の犯罪情報もみることができます。
このトップページから、「区市町村単位」をクリック。
先程同様住所を選ぶと、ひったくり、侵入、車上狙い、自転車盗、路上強盗、万引きなどの犯罪情報が見れます。
ほんとうだったら、こんなサイトがなくても安心して暮らせる街であって欲しいところです。
しかし、現在の状況がどうなっているのか、知ることも大事です。
区民のみなさんも上手に活用してください。


[大人の奥戸] 森永乳業東京工場が2021年に生産中止となるようです。残念。

森永乳業は、2月1日に、東京工場(葛飾区)の生産中止を発表しました。



森永乳業株式会社(代表取締役社長:宮原道夫)は、近畿工場および東京工場での生産を中止いたしますので、お知らせいたします。

1.生産中止の理由
   当社は2016年10月28日に、「利根工場の新棟建設および神戸工場の製造ライン増設」に関する設備投資を発表いたしました。このたび中期経営計画に掲げております基本方針「資産効率の改善および合理化の推進」に則り、全社的な生産拠点再編の一環として近畿工場および東京工場の生産を中止することといたします。

(2)東京工場
  ①所在地  東京都葛飾区奥戸1-29-1
  ②開設   1957年(昭和32年)4月
  ③従業員数 162名(契約社員含む)※2018年1月末現在
  ④工場規模 敷地面積 61,060㎡ 建築面積 24,123㎡
  ⑤生産量  64,300kl(2016年度)
  ⑥生産品目 牛乳、乳酸菌飲料、デザート、クリーム、ロングライフ豆腐など

ニュースリリース

この工場のあった場所は、戦前より「日本建鐵」という会社の工場でした。

日本建鐵は、三菱系の会社で、戦前は軍用機や海軍の部品を作る会社でした。

1951年 3月 日本建鉄(株)(東京都葛飾区奥戸本町1,000番地)の土地建物を買収(森永乳業社史より)
森永乳業は1951年3月、この土地を買収し、東京工場としました。

葛飾に工場を置くことは、水運にも恵まれるメリットもあり、戦前からさまざまな工場が進出してきています。
葛飾区が、現在のように工業地帯として発達を遂げた原因は、その立地条件にありました。
当時、物資の運送手段は、陸運より水運が特に重要視され、江戸川、中川、荒川、綾瀬川に囲まれた葛飾区は最もその条件に適したのです。
三菱製紙、江戸川化学(現在の三菱ガス化学東京工場)、日本紙業(現在の日本板紙)、日本建鉄(現在の森永乳業東京工場の場所)、浜野繊維、宮本染色、新理研工業、那須アルミ、東洋インキ、ミヨシ油脂等の各工場は、いずれも中川、綾瀬川の舟運を利用する関係から設立されたものであり、また、舟運のみならず、これらの川の水を利用する工業として製紙業、染色工業、布さらし工業などが発達しました。(葛飾区HP)
生産中止は2021年。

地元に根づいた工場がなくなるのはさびしいですね。

[大人の西新小岩] 日本で唯一?他の店にはない◯◯をルノアール新小岩店で食べてみた

今回は、新小岩駅北口です。



住所的には西新小岩ですね。

ルノアール 新小岩店 関連ランキング:喫茶店 | 新小岩駅

北口改札目の前にあるルノアールでしか食べれないのでは?と言われているアレを食べてきました。


ルノアールは階段またはエレベーターで2階に上がります。かなり広いです。


入り口には、今日のランチメニューがありました。

「しまほっけ焼き」なんてあるところを見ると、まさに昭和の喫茶店健在というかんじですね。

なんとなくホッとします。

中に入ると、喫煙禁煙を聞かれ、禁煙席に案内されました。とはいうものの、一段高いところが禁煙、手前が喫煙というラフな分煙です。


いちおうメニューを開けますが、今日は食べるものは決まっています。

当店特製カツDON

です。

どうやら、ルノアールではここにしかないメニューとのこと。


まずはセットのサラダ。

サウザンアイランドドレッシングです。

発音、あってる?


ほどなくして、やってきましたカツDON

大きめの丼です。

直径25センチぐらい。

期待が持てますね。

じゃーん

ざ、カツ丼!

と言ったかんじですね。


溶き卵の広がり具合も絶妙。


これ、じつはスプーンがついてきたんですよ。

ん?箸じゃないの?

箸はさっきのサラダでついてきたので、そちらでいただきました。


カツもまずまずの厚さ。

口に入れると、そのやわらからさ、煮汁のほどよい甘さが口に広がります。

うまいです。

飽きない味、ですね。

さすが年齢層の高いルノアール。最後にお茶が出てきました。

ところで、なんで新小岩店だけカツ丼があるんでしょうね。

帰りのレジで聞いてみたら、「直営店じゃなくてフランチャイズなので自由にできる」とのことでした。

なぁるほど!


新小岩駅は現在、南北自由通路の工事中です。その進捗を確かめるには、このルノアールがもってこいですよ。

ルノアール 新小岩店喫茶店 / 新小岩駅
昼総合点★★★★☆ 4.6