[大人の検定] 葛飾検定第11問:水元の「縛られ地蔵」ってなんで縛られちゃったの?



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今回から1記事1ブログで紹介しますね。



第11問:水元の縛られ地蔵は、〇〇の命令により縛られている。

南蔵院HPより
縛られ地蔵。


お地蔵さん、縛られちゃってます。


なにしちゃったんでしょうか?


ちなみにこのお地蔵さん、葛飾区水元の水元公園の近くにあります。


業平山南蔵院というお寺さんに置かれています。


このお寺さん、歴史が古いですねぇ。在原業平から名前をとった「業平山」なんですね。


さて、縛られ地蔵。


このお地蔵さんの由来は、江戸時代大岡越前守忠相に遡ります。


南蔵院さんのホームページから引用してみましょう。

江戸時代の享保年間、八代将軍徳川吉宗の治世。日本橋にある呉服問屋の手代が南蔵院の境内でうっかり一眠りしている間に反物を荷車ごと盗まれてしまいました。
 調べに当たった名奉行、南町奉行大岡越前守忠相は、「寺の門前に立ちながら泥棒の所業を黙って見ているとは、地蔵も同罪なり、直ちに縄打って召し捕って参れ」と命じました。
 かくして地蔵はぐるぐるに縛られ、車に乗せられ江戸市中を引き廻され南町奉行所へ。物見高い野次馬が、どんなお裁きが始まるかと奉行所になだれ込みました。
 頃を見計らった越前守は門を閉めさせ「天下のお白州に乱入するとは不届至極、その罰として反物一反の科料申附ける」の一声、奉行所にはその日の内に反物の山が出来ました。
 手代に調べさせるとその中から盗品が出て、それからそれへと調べると当時江戸市中を荒した大盗賊団が一網打尽となったのです。
 越前守は地蔵尊の霊験に感謝し、立派なお堂を建立し盛大な縄解き供養を行いました。
 以来、お願いするときは縛り、願い叶えば縄解きするという風習が生まれ、盗難除け、足止め、厄除け、縁結びなど、あらゆる願い事を聞いて下さる霊験あらたかな地蔵尊として祀られています。

大岡越前守忠相といえば目安箱や小石川療養所の設立などとともに「大岡裁き」で有名ですね。


縛られ地蔵はこの大岡裁きのひとつに数えられるんですね。これは行ってみなければ。


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