[大人の一丁目一番地(3)] 東立石1−1を散歩してきたよ。本田ウリって知ってる?


さて、一丁目一番地です。


自宅に近いところから。今回は「東立石1丁目1番地」です。




エリアとしてはこんなかんじ。


このあたり、立石の南のような気がしますが、地名は「東立石」ですね。


立石という地名は、室町時代頃からあるようですので、現在の奥戸街道が古東海道だったころから立石は人通りのある土地だったようです。


新小岩の住人としては、この東立石に行くには、平和橋か本奥戸橋を渡るしかなく、ちょっと遠回りな場所。


奥戸の森永乳業工場と中川対岸の東立石緑地公園に橋を掛けてくれると、嬉しい場所。


おいしいお店もあります。


日本料理の魚つぐ、四ツ木製麺所、猪八戒NEO、などはこのエリアですね。


昔はどんな土地だったのだろう、と思って地図を引っ張り出してみました。


1920年の東立石です。


平和橋通り、ありません。


1912年開業の京成電鉄の線路がありますね。


その南側に広がる東立石。


一面の畑です。


京成電車で押上から来ると、本所の住宅街を抜けて、まだ建設途中の荒川を渡ると、線路の左右は一面の農村。


そんな感じの東立石だったようです。


畑でなにを作っていたのか?



本田ウリという野菜があったのですね。最近また栽培されているようです。




江戸時代中期以前から当地で栽培され、船に積んで江戸に運んでいたといいます。本所で獲れるウリと比べると大ぶりで格段においしいと評判に。日持ちも良いので良く売れたとか。江戸庶民が好んだ夏の水菓子(果物)でした。ちなみに三代将軍の家光も大好物だったようです。


なんて書いてあります。夏の水菓子なんて、いかにも江戸時代っぽいですが、関東大震災ぐらいまではポピュラーな野菜だったみたいですね。


そんな畑もいまではすっかり、住宅街ですね。

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