2018年6月20日水曜日

[大人の防災] いつか来る未来に備えて「東京防災」を読む①「大震災シミュレーション」


連載の目的

先日の大阪地震。

朝食時間帯にも関わらず、大きな火事などが発生せずに済んだのは、阪神淡路大震災の教訓があったからに違いありません。

東京でも2011年に東日本大震災で災害を被っていますが、あれから7年、どこか平穏な毎日が続くような気がしていませんか?


東京都は2015年、都内全世帯に「東京防災」という冊子を配布しました。全世帯に、です。

あなたの家にもありますか?

ない場合には、図書館で見ることもできますし、購入もできますよ。


葛飾区内で購入できるのは、新小岩駅北口の第一書林さんだけのようです。

区役所でも売ればいいのにね。

冊子と呼ぶには厚みのある300ページの解説。


その一ページめには、こう書かれています。

30年以内に70%の確率で発生すると予測されている、首都直下型地震。あなたはその準備ができていますか?


配られてから2年が経ちますが、ここでもう一度、読み直してみませんか。

葛飾を愛するオトカツは、その時のためにどうしたらいいのか?この東京防災を読んでいく連載を開始します。

大震災シミュレーション


第1回目の今回は、「東京防災」の章立てにしたがって「大震災シミュレーション」を見てみましょう。

さてここでクイズです。
  • 地震の揺れを感じたら、まず何をすべき?
  • 地震が起きたとき、火を使っていたらどうするべき?
  • 地震で部屋に閉じ込められた/身動きできなくなったらどうするべき?
  • 学校にいるときに地震が起きたらどうするべき?
  • 地震が収まってすぐにしてはいけない行動は?
  • 避難をする前にかならずやるべきことは?
  • 避難をするときに注意すべきことは?
  • 火事を発見したら、どの方向に、どのようにして逃げる?
  • 震災を乗り越えるためにみんなで助け合うことをなんという?
  • 要配慮者とはどんな人を指す?
これは「大震災シミュレーション」の章の最後に掲載されているクイズですが、何問わかりますか?

ぜひ「東京防災」をもう一度、見てみませんか。

2018年6月15日金曜日

[おとなの柴又] 日が落ちて帝釈天参道のお店が閉まってからはココ【やきとり福茂】


今日は日が暮れてからめずらしく柴又にいました。



私の家から柴又は交通の便があまりよくないこともあって、柴又に夜遅くまでいることはないんです。


それは、帝釈天参道が日暮れとともに店を閉じていくことも理由の一つかもしれませんね。


しかし今日は日が暮れてから柴又帝釈天にお参りしたこともあり、ちょっと一杯、柴又でお店を探してみました。

関連ランキング:焼き鳥 | 柴又駅新柴又駅京成高砂駅

駅前の道を線路沿いに高砂方面にあるいて1分。

白い提灯と白い暖簾が目立ちます。


ドリンクメニューもたくさん!


おつまみ、食事メニューもたくさん!

これだけでも食欲そそりますね。



まずはやきとり頼みました。

レバーは、やや焼き程度で、血が滴るかんじの焼き方。

レバー好きにはたまりませんね。


カマンベールチーズの自家製燻製。

これ好きなんですよ~。

チューハイやボールにあいますね。


えいひれ!

日本酒にはコレ!


そして、今日のおすすめ!


ささみ巻き揚げ。

ささみ肉に明太と梅しそが巻いてあります。

サクサクでうまし。

どれもお酒のすすむおいしいメニューばかりでしたよ。

やきとり福茂焼き鳥 / 柴又駅新柴又駅京成高砂駅
夜総合点★★★★ 4.5

[おとなの柴又] (新月夜詣)葛飾に前方後円墳があった!古墳の上に立つ鎮守の森【柴又八幡神社】



「葛飾をもう一回り面白くする」任意団体カツシカーンでは、新月の日に新しい気持ちで神社を参拝するツアーを行っています。



昨日6月14日の新月の日は、柴又八幡宮に行ってきました。


柴又八幡宮は、柴又駅のすぐそばにあります。

距離で言ったら、帝釈天より駅に近いですね。


鳥居から神殿まで距離があります。

帝釈天参道のお店も寄付をしているようで、立派な神社ですね。

柴又八幡宮は、柴又村の鎮守です。


この八幡宮の土地そのものが古墳だった(それも前方後円墳だった!)ということですが、境内に入ったところでそのような墳丘はありません。

しかし、この神社本殿の地下には、古墳のあとがしっかり保存されていました。

さすがに中をみることはできませんでしたが、こちらのブログに写真などがありましたで、ご覧になってみてください。


この古墳、石室もあり、周囲からは埴輪も発掘されており、遠い昔、柴又がまだ「嶋俣」と呼ばれていた奈良時代の豪族のお墓であったに違いありません。

葛飾区HPより

埴輪の中には、寅さんそっくりの埴輪が出土したことでも話題になりました。

その上に神社を建てたということは、魔封じの意味もあったのでしょう。

逆にそれだけパワーのある人の古墳だったと考えられます。

東京の城東地区で石室のある古墳が見つかったのはここだけ、とのこと。

ますます、その時代の葛飾に想像が膨らみますね。