2016年11月25日金曜日

[大人の一丁目一番地(29)] 柴又1-1に行ってきたよ。京成金町線は京成電鉄創業の路線だった。



今回は、柴又一丁目一番地に行ってきました。



柴又1-1はもっと金町寄りか帝釈天のそばにあるのかな?と思っていましたが、意外にも京成高砂の車両検査区のそばでした。


柴又については帝釈天を中心に話題は尽きないのですが、今日は京成金町線のおはなし。


京成金町線は「都内唯一の『途中駅を持つ』単線路線」だそうです。


途中駅とは柴又駅ですね。


都内に単線路線は、足立区の東武大師線などもありますが、途中に駅を持つのは京成金町線だけだそうです。


さてこの京成金町線。


支線のような扱いですが、実は京成電鉄創業の路線でもあります。


京成電気軌道(現在の京成電鉄)は1909年に創立し、1912年11月に「押上‐市川(江戸川からは渡し船)」と「曲金(高砂)‐柴又」(京成金町線)を開業します。


しかしそれに先立ち、同じ年1912年の4月には「金町‐柴又」で営業していた帝釈天人馬鉄道を買収しており、現在の京成電鉄で初めて営業した路線は京成金町線ということになります。


帝釈天人馬鉄道ってなに?っていう方はこちらを参考にしてくださいね。ちょっとびっくりな路線です。


日本の私鉄は、神社仏閣への参拝客を運ぶ路線となっているものが多いですね。


京成電鉄も成田山への路線を申請しましたが、成田まで延伸されるのは1920年代。


都内では有数の人気観光スポットでもあった帝釈天への路線が大きな収入源となっていたようです。

2016年11月23日水曜日

[大人の一丁目一番地(28)] 亀有1丁目1番地に行ってきたよ。大工業地帯から大変貌の街



今回の一丁目一番地は、亀有です。


亀有は、金町と並んで葛飾北部の中心地的存在ですね。


亀有1-1は、意外にも駅から遠いところにありました。


なんでここなんでしょうねぇ。


閑話休題


亀有駅の乗降客数も長い間(30年間以上)一日の乗降客数3万人台後半で推移していましたが、3年前はじめて4万人台となり、昨年は41,000人を突破しています。


まだまだ大きくなる街のようです。


ちょっと歴史を遡れは、亀有は1970年台までは葛飾最大の工業地帯でありました。


中川からの用水が使え、また水運を活用でき、鉄道でも都心までつながっている地の利に優れた土地だったからでしょう。


亀有周辺には、「三共製薬亀有工場」「日本紙業」「日立製作所」(大谷田)「三菱製紙」(金町)などの大工場がありました。

1960年代の亀有周辺
この地図は、1960年代の亀有駅周辺の大工場を表しています。


左上の大きな円から時計回りに


日立製作所(大谷田)


三菱製紙(金町)


日本紙業


三共製薬


です。


これだけの工場があれば、亀有駅周辺が栄えないわけありませんね。


おそらく数万人の工場で働く人たちが亀有駅を利用していたに違いありません。


しかし、これらの工場も70年代後半以降、時代の流れとともに撤退していきます。


日立製作所→中川下水処理場→中川公園


三菱製紙→東京理科大学その他


日本紙業→アリオ亀有


三共製薬→東部地域病院


日本紙業については、以前ブログで書いたことがありましたので、ご参考になさってください。ブログはこちら

はじめにも触れましたが、亀有駅の不思議なところは、工場がなくなって労働者が減っていったにも関わらず、駅の利用者が減少していない点です。


70年代までの工業地帯から21世紀には、住宅地、ショッピングゾーンへとうまく移行できた街なのかもしれません。


そう言えば、亀有駅から日立製作所まで、貨物支線が出ていた時代があります。


この地図の赤い線が、貨物引き込み線です。


金町から三菱製紙にも支線が延びていたように、大きな工場には製品や原材料を貨物で運ぶ需要が大きかったのですね。


地図で見ると、戦前からこの引込線はあったようですので、はじめは軍事用に引かれたのかもしれませんね。


この引込線の跡地を一度たどってみたいと思っていますが、もうあまり残っていないようでちょっと残念です。(この話題はこちらのブログが詳しいです)


さて、この一丁目一番地シリーズもあと2箇所を残すのみとなりました。


今年中に30箇所を踏破できたらいいですね。

2016年11月22日火曜日

[大人の立石] コスパ最高!味も特上!立石で焼肉ランチならココ!




今回は立石です。


午前中からスポーツクラブ行っちゃったこともあって、早い時間から「今日は焼肉ランチだな」と思っていました。




立石に来たなら焼肉ランチはココ「牛坊」ですね。


京成立石駅から市役所方面に歩くこと3分ぐらい。


お店に入ったのはまだ12時前でしたのですぐに座れましたが、お店を出た12時過ぎには行列ができるほどの人気店です。




お店の前にランチメニューが出ていました。


マキという字が目立ちますね。


マキとは
牛のリブロース芯に巻き付くように位置する部位。 リブロース芯と比べると大味でサシが多い。肉の旨味があり、一噛みで肉汁が溢れ出す。焼肉店ではなかなかお目に出来ない希少部位。

だそうです。


ランチメニューの2,3,4にマキが使われていますね。推し部位のようです。


午前中からカルビ!カルビ!と思っていたので、今日のランチは4番「上カルビ+上マキの定食」に決まり!


店員さんは番号でオーダーして欲しいようでしたので、番号を覚えておいたほうがいいですよ。




注文すると程なく運ばれてきました。


これで1000円です。いいボリュームですね。



この肉厚、このボリューム。


一枚一枚、大切に焼かせていただきます(笑





カルビもマキも、ともにジューシーで味がしっかりしているので、タレをつけずにいただきます。


サラダ、ナムルなど野菜系もついているのがうれしいですね。


牛坊はいつも外れることなく満足感いっぱいでお店を出ることができます。


きっとまた来ちゃいますね。

関連ランキング:焼肉 | 京成立石駅青砥駅

2016年11月17日木曜日

[大人の一丁目一番地 (27)] 東水元一丁目一番地に行ってきたよ。戦後しばらくまでは水元地域最大の住宅密集地




今回は東水元一丁目に行ってきました。


このエリアも住居表示がほとんどなく、トップ画像も交差点の写真となってしまいました。




地図にあるように、東水元は水元公園の西側に南北にながーい街です。


トップ画像の東水元1-1は、一番南の金町駅よりの南水元交番の交差点にあります。


東水元は、戦前ぐらいまでは葛飾区の常磐線から北エリアでは、もっとも集落の集まったところ(水元村)だったようです。

小合溜の豊富な水量と、水元村(水元小合溜から飯塚までの広いエリア)のほとんどを占めた広大な水田に挟まれた東水元は、今も残る延命寺を中心とした村でした。


昔からの集落だったこともあり、寺院の多いエリアです。熊野神社、 日枝神社、 薬師堂、 延命寺、長伝寺、 蓮蔵院、 南蔵院、遍照院などがあります。


南蔵院は、縛られ地蔵で有名ですね。


縛られ地蔵の記事は、こちらからどうぞ。


さて、この一丁目一番地の記事も27個まできました。


葛飾区の一丁目一番地はちょうど30個です。あと3つ、年内に書き終わりたいと思っています。

2016年11月13日日曜日

[大人の新小岩] いよいよ来週末は「かつしかフードフェスタ」! 吠えるLilicoに泣く内山!この二人なに者?



いよいよ来週末19日と20日は、

かつしかグルメを食いつくせ!

かつしかフードフェスタ

です。


フェスタの情報は、こちらのバナーからみてくださいね。

かつしかフードフェスタ 2016

今年はタレントさんもいろいろ来るようですし、賑やかになりそうですね。


フードフェスタの顔は、トップのポスターのとおり、Lilicoさんと内山くん。


この二人は葛飾に縁のあるタレントさんなんですね。




ご存知内山信二くんです。


最近ではデブタレントですが、子役の時から有名ですね。


1981年葛飾生まれです。


フジテレビ「あっぱれさんま大先生」の生徒役でしたね。


この番組、1988年から2004年まだ続いた番組でした。




内山くんは看板子役でしたが、ほかにも山崎裕太や前田愛(六代目中村勘九郎の奥さん)なども出演していました。


一方のLilicoさんは、スウェーデン人のお父さんと日本人のお母さんのハーフ。お父さんはスウェーデンの貴族の血を引く方だそうです。


1970年スウェーデン出身。


18歳の時にお母さんの故郷でお祖母ちゃんが住んでいた葛飾に移住してきました。


フードフェスタ当日はこのお二人もいらっしゃいますから、もりあがりそうですね。

2016年11月12日土曜日

[大人の一丁目一番地(26)] 宝町1丁目1番地に行ってきたよ。宝町にはアノ経営者も修徳高校出身のプロ野球選手もいた。



今回の一丁目一番地は、宝町です。


「宝町」というと、都営浅草線の宝町駅を思い浮かべる人もいると思いますが、葛飾で宝町といえばココ。



現在の京成本線お花茶屋駅の南に広がる

宝町の地名は以前、「宝木塚」という場所でした。


西光寺を中心として、南北に神社(八幡神社、稲荷神社)を構える村です。


東に水量豊かな曳舟川を持つ恵まれた田畑が広がっていたと思われますが、宝町の地番えのエリアの半分ぐらいは、宝木塚村の居住地域だったようです。


現在「宝木塚」の地名は神社にも残っておらず、かろうじて宝木塚小学校に名前が残っていますね。


宝町といえば、「おもちゃのタカラ」ですよね。




先日タカラ創業者の佐藤安太さんの著書を読み、ブログにも書きました


まさに戦後の成長期にビニール産業で飛躍した、時代の波に乗った経営者でしたね。



そして宝町が産んだプロ野球選手といえば、現在中日の三ツ俣大樹選手ですね。


宝木塚小学校ー大道中学ー修徳高校と進学後、甲子園は逃したもののドラフトではオリックス2位で指名された選手です。


プロの壁に悩んでいるようですがまだ24歳です。がんばってほしいですね。

2016年11月11日金曜日

[大人の検定] ポッキーの日!って言った人だれ~~~。11月11日はあの日!





過去の「葛飾検定」はこちら


「立ち飲み日」って聞いたことがある人もいると思います。

数字の11と11の形が人が集って立ち飲みをしている様に似ていることから 立ち飲みをこよなく愛す、有名ブログ「東京居酒屋名店三昧 」(東京書籍)の著者である作家の藤原法仁氏と有名ブログ「居酒屋礼賛」の浜田信郎氏が発起人として制定。
2010年に正式に「11月11日」を「立ち飲みの日」として日本記念日協会に申請・登録を果たしました。(「立ち飲みの日」ブログ) 



Twitter立ち飲みの日事務局

第27問:立ち飲みの日って何月何日?


の正解は上にもある通り、11月11日ですね。


1が集まっている様子を、人が立ち飲みをしているように見立てるなんて、じょうずですね。







さて、上の引用にも出てきたブログ「酔わせて下町」。最近は更新が内容でちょっと残念ですね。


書籍はこちら。東京の名店がほとんど網羅されてるっぽいですね。


一方のブログ「居酒屋礼賛」は健在ですね。niftyのサーバーというところがなんとも歴史を感じさせます。


カテゴリーわけもきっちりなさっていて、浜田さんのご性格が出ている感じ。


立ち飲みといえば、酒屋の「角打ち」を想像しますね。


「飲食店免許がないからサービスができないので椅子が出せない」という実にお役所チックな理由から立ち飲み文化ができているのもなんとなく日本っぽいかも。


wikipediaにこんな記述がありました。
鳥取県から島根県の東部にかけては、「たちきゅう」と呼ばれている。「立ったまま、きゅうっとやる」ことが語源といわれる。

地方によって言い方もいろいろですね。