2020年7月9日木曜日

[大人のかつしかFM] 電子書籍『葛飾の一丁目一番地を歩く』を紹介していただきました。(放送音源付き)




いつも、イベントごとに呼んでいただける「かつしかFM」さん。ありがとうございます。

今回は先日出版した電子書籍『葛飾の一丁目一番地を歩く』を紹介させていただきました。



そこで今日、かつしかFM『かつコレ』に出演してきました!

大越真理子さんのリードもステキでしたので、とても楽しくお喋りができた10分間でした。

どうもありがとうございました。

音源はこちらから聞けます!アイコンをクリック!




書籍のダウンロードはこちらから

電子書籍です。Amazonからダウンロード可能です。



どうぞよろしくおねがいします。299円です。

2020年7月7日火曜日

[大人の荒川橋梁] 葛飾が水没する前に!早急に荒川橋梁を架け替えて!


台風シーズンがやってきました。

少なくとも葛飾のみなさんは、昨年の台風19号で間一髪水難を逃れたことをお忘れではないと思います。

江東五区のアキレス腱「京成電鉄荒川橋梁」

昨年の台風19号では、橋梁下1.2メートルまで水位が上がっていた「荒川橋梁」。


周囲の荒川土手は、高く改修されています。それにたいして、荒川橋梁だけは低いまま。というか、時代の流れで低くなっちゃった。

この辺の経緯は国土交通省の資料が詳しいです。短めに言うと「高度成長期に地下水組み上げたせいで地盤沈下しちゃって低くなっちゃった」ということ。

「低くなっちゃった」わけですが、昨年の台風19号の例を見るまでもなく、このまま低い状態では江東5区が水没するきっかけになります。早急に京成電鉄の「荒川橋梁」をかけ替えなければならないのです!


どう見たって、低いですよね。荒川が増水したら、ここから葛飾をはじめ江東5区に水が流れ込むわけです。

7月1日葛飾区合同水防訓練が行われました

この訓練は直接見ていないので、SNSに上がっている葛飾区議の皆さんのレポートを紹介ます。







この合同訓練は、この3.7メートル低い京成電鉄荒川橋梁をどうにかしたい!ということにスポットが当たっているようです。

大高卓区議のレポートには、線路の左右、土手が窪んているところに土のうを積んでいますね。

体を張って土のうを積む訓練をしていますが、失礼ながらこれはどんな効果があるのでしょうか。

というのも、先日見たテレビ番組で土のうの効果について発言があったのです。

岸辺のアルバム




岸辺のアルバムとは

1974年、現在の和泉多摩川駅の近くの土手が決壊します。原因は多摩川から農業用水を引くために作られていた堰に水がせき止められ、行き場を失った水が土手を破壊しました。
高度成長期に一生懸命働いてやっと手に入れたマイホーム。家族一人一人が問題を抱え、気持ちがばらばらになっていく一家。しかし、そのマイホームが堤防決壊が流されてしまう。その時家族が持って逃げたものは家族写真の写ったアルバムだった。

2020年7月6日月曜日

[大人の新月満月神社参拝] 葛西神社は神様がいっぱい!



新月と満月の日に、葛飾のあちこちの神社に参拝しよう!というイベントをやっています。



今回は、金町の江戸川沿いにある、葛西神社に伺いました。


葛西神社は神様がいっぱい

葛西神社は二回目の参拝なのですが、今日改めて「神様いっぱい!」を実感しました。

弁天様
弁天さま

道祖神
道祖神(どうそじん、どうそしん)は、路傍の神である。集落の境や村の中心、村内と村外の境界や道の辻、三叉路などに主に石碑や石像の形態で祀られる神で、村の守り神、子孫繁栄、近世では旅や交通安全の神として信仰されている。

稲荷社
稲荷神社(いなりじんじゃ)・稲荷社(いなりしゃ)は稲荷神を祀る神社。京都市伏見区深草にある伏見稲荷大社が神道上の稲荷神社の総本宮となっている。神社のうちで稲荷神社は、2970社(主祭神として)、32000社(境内社・合祀など全ての分祀社)を数え、屋敷神として個人や企業などに祀られているものや、山野や路地の小祠まで入れると稲荷神を祀る社はさらに膨大な数にのぼる。

葛西天神
天神信仰(てんじんしんこう)は、日本における天神(雷神)に対する信仰のことである。特に菅原道真を「天神様」として畏怖・祈願の対象とする神道の信仰のことをいう。

金町招魂社
招魂社(しょうこんしゃ)は明治維新前後から、また以降に国家のために殉難した死者を奉祀した各地の神社。

諏訪社
全国に約25,000社あり、長野県の諏訪湖近くの諏訪大社(旧称:諏訪神社)を総本社とする。また、諏訪神社を中心とする神道の信仰を諏訪信仰(すわしんこう)という。諏訪信仰は日本全国に広まっている。

もちろん葛西神社にも参拝しました


この神社はほんと、鳥居から立派です。
創建の年代は古く平安時代の末期、後鳥羽天皇の元暦二年(1185)領主葛西三郎清重の篤信により上葛西、下葛西あわせて三十三郷の総鎮守として下総国香取神宮の分霊をお祀りしたものです。(葛西神社HP)


ちょうど、夏越の大祓でしたので、茅の輪をくぐってきました。



もしかしたら、葛飾でもっともりっぱな神社ではないでしょうか。気持ちを新たにさんぱいしました。