ミニベロのチャリ旅を兼ねて、岩淵水門まで行ってきました。
ここには、「荒川知水博物館」があります。
荒川の歴史、どうやって洪水に対応しているのか、などがわかりやすく説明されていました。
今回はそのレポートです。
荒川放水路はなぜできた?
放水路完成以前
荒川放水路が1930年に完成する以前は、上流からの水は都心に流れ込んでおり、増水時には、三ノ輪から浅草今戸に通じる日本堤、白鬚橋から言問橋の曳舟側に作られた墨田堤でせき止め、漏斗のように水量を調節していました。
これにより、下流域の水量は一定しても、上流域は水が溜まり続けるため正常化するまでに長時間かかりました。
放水路ができるきっかけ
明治43年の長雨により、この漏斗状の堤防が十分に機能しないことがわかり、首都東京に流れ込む直前の岩淵から22キロに渡って雨水を迂回させる放水路を建設することとなりました。
荒川に流れ込む雨はどこに降る?
ひとことで荒川、と言っても、長さ173キロメートル、流域2940キロ平米。
水域でいうとこんな感じ。
上流の方には、台風19号で放流か?と話題になった二瀬ダムも。
荒川源流点の碑、なんてものものあるんだって。
貯水機能:ダム
二瀬ダム |
傾斜があり山がちな上流域は、水量調節のためにダムをおいています。
二瀬ダム、滝沢ダム、浦山ダム、玉淀ダムなどですね。
貯水機能:鴻巣の河原
鴻巣市のそばを流れる荒川流域は、日本一の川幅を誇ります。2537メートルあります。
これは上記の赤い部分を、洪水時の貯水機能として働くようにしています。赤い縁にそって堤防が作られています。
日頃はコスモス畑などになっているようですが、今回の貯水により、10月26・27日に開催予定であった第21回コスモスフェスティバルについては、中止になってしまったようです。
貯水機能:荒川調整池
日頃は彩湖と呼ばれているこの湖、荒川第一調整池と言います。
水量が増すにつれて、写真の上の部分から貯水していくしくみです。
初回の稼働となった1999年のときにはこの調整池に2070万トン貯水したおかげで「荒川下流部で一番低い京成押上線荒川橋梁地点で水位を39cm下げたとされ、ここより上流での洪水調節がなかったとすると、水位は桁下まであと7cmに迫ったと考えられている」(wikipedia)とされています。
今回の台風19号で、1997年の完成以降2度めの稼働となり、3000万トンほどの貯水をしたそうです。効果については検証中とのことでした。
また、上流部に、第二第三調整池を建設中です。
貯水機能:首都圏外郭放水路
江戸川河川事務所HP |
荒川本流に流れ込む水を途中で地下道に流し込み、江戸川に逃がそうという機能を持ちます。
こちらは年に数回稼働している施設ですが、台風19号関連では、1秒間に25メートルプール一杯分を江戸川に流し込み続けたそうです。機能としては、いっぱいいっぱいだったようです。
以前のブログ記事でも書きましたように、今回の台風19号は岩淵水門で1日に200ミリ程度の雨が降りました。葛飾区のハザードマップでは三日間で549ミリの雨が降ることを想定していますので、台風19号並の雨が2日半降り続くこととなります。
しかし、荒川の増水を抑える、このような機能は台風19号1日だけでも「いっぱいいっぱい」でした。ハザードマップの549ミリを待つまでもなく、荒川は越水するのではないかと心配しています。