2017年1月2日月曜日

[大人の区境を行く(1)] 2017年は「区境を行く」がテーマです。




さて2017年。


昨年の「一丁目一番地」に代わり、2017年の通年テーマは「区境を行く」です。


葛飾区は、北から時計回りに、

三郷市、松戸市、江戸川区、墨田区、足立区 、八潮市

に囲まれています。


全長40.2キロ。


全部を踏破することはできませんが、面白そうなところを歩いてみたいと思います。


よろしくお願いします。


2017年1月1日日曜日

[大人の新小岩] 新年あけましておめでとうございます。初詣に下小松天祖神社に行ってきました。



新年あけましておめでとうございます。


2017年もブログ「大人のかつしか探訪」をよろしくお願いします。


上小松天祖神社


さて、新しい年の初詣は例年通り、紅白歌合戦の終了とともに地元の上小松天祖神社にお参りに行きました。


2017年のおせち


1日は朝、おせち料理を食べたあと、腹ごなしも兼ねて下小松天祖神社を訪れてみました。



上小松天祖神社と下小松天祖神社は、蔵前橋通りやJR総武線を挟んで南北にあります。

小松橋から新小岩駅を臨む

そこで今日は天気もよかったので、JRを超える小松橋をわたってみました。小松橋の上から新小岩駅方面を撮影してみました。


この写真に写っているグランドは私学実業団グランドです。


新小岩駅は昔は貨物駅としても機能していましたので、グランドのあったあたりは貨物機地でした。



小松橋を渡ると下小松天祖神社まではすぐでした。


りっぱな鳥居ですね。


上小松天祖神社より一回り大きな神社です。


今年も無病息災、家族安全と健康をお祈りしてきましたよ。


今年も葛飾のあちこちを探っていきますね。


どうぞよろしくお願いします。

2016年12月30日金曜日

[大人の一丁目一番地(30)] 一丁目一番地は最終回。立石1-1に行ってきたよ。



さて、大人の一丁目一番地は最終回です。


最近は駅周辺の再開発やセンベロブームで有名になっている立石ですが、歴史が深くまた歴史に流されてきた町でもあります。


立石駅の南側には奥戸街道が東西に通っていますが、この道は古墳時代の頃より古東海道と呼ばれ、浅草あたりから房総方面へ伸びる主要街道でした。


この時代の主要都市であった関西方面からの情報や物資は、陸路ではなく海路で房総半島から関東地方に運ばれてきていたため、この古東海道沿いのある立石は古くから街があったようです。

立石様:かつまるガイドより

立石の名前の由来ともなっている立石様。


もとはこの周辺にあった古墳に使用する石で房総半島から切りだされてきた物のようです。



現在の立石の「呑んべ横丁」周辺は、戦後の闇市で人が賑わったあたりから出来上がった飲み屋街という印象ですが、どうやらもう一つ大きな理由があったようです。


日本では献血制度が主流となる1960年台後半まで「売血」という制度がありました。


1回血液を売ることで3,4日暮らせる程度のお金がもらえたことから、やみつきになる人もいたようです。


立石には日本製薬葛飾工場がありここで血液製剤を造っていたことから、売血者が跡を絶たなかったようです。

五木寛之さん


作家の五木寛之さんも、貧乏だった時代には売血に訪れていたようでした。
立石の製薬会社に、しばしば血を売りに行ってピンチをしのいだ。 この売血というやつは、肉体よりも、精神に悪い影響を及ばすものらしい。出かけて、二百CC抜いて、手取り四百円ほどもらってくると、二、三日は働かないで済む。つい習慣性におちいりやすい危険があった。....四百円を握りしめてたんぼ道を帰ると、遠くの景色が傾斜して見えた。もう二度と血を売るのはやめよう、とそのときに考える。だが、またどうにもならなくなると、京成電車に乗るのだった(『わが人生の歌がたり 昭和の青春』より)

そんな立石もいよいよ2017年から再開発が本格化しそうです。


また変わっていく立石を記事にしていきたいと思います。