いつもチャリでぶらぶら散歩しています。
四ツ木あたりをぶらぶらしていると、四ツ木駅の北側に気持ちのいい放物線を描く道路があるんですね。上の地図の赤い線の部分。
酒場好きな皆さんには、「四ツ木のゑびすの前の二又を右に抜けて奥戸街道に出るまでの道」と言ったほうがわかりやすいかもしれません。
四ツ木のあたりは曳舟川のあったところが太い道路になっているのですが、この曲線がどうも不自然。
というわけで調べてみました。
京成電車は大正元年11月、押上-市川を開業しています。実際の駅は今の江戸川駅までで、江戸川は渡し船だったんですって!びっくり!
その際に四ツ木駅も立石駅も営業を開始しているのですが、じつは両方の駅ともに現在の場所ではありません。
http://rekisanpota.blogspot.jp/2013/12/blog-post_22.html |
この地図は、大正時代のものですが、左下から右上に京成電車が走っています。
そして赤い部分で大きく右にカーブして、奥戸街道を走っていますね。
開業当時は、京成電車は奥戸街道の上を走っていたのですね。
開業当時の四ツ木駅は、この赤いカーブの真ん中あたりにありました。
現在の地図ではこの☆のあたりでしょうか。
パチンコ屋さんの横辺りかな。
四ツ木駅が今の場所に移転することとなったのは、荒川放水路の工事が関係しています。
荒川放水路は明治後半から計画され、大正2年に工事が始まります。
京成電車が開通するのが大正元年ですから、ほぼいっしょですね。
荒川放水路の工事が一段落し、荒川に水が通されたのが大正13年。
これにあわせてルートが変えられ、四ツ木駅も移転しています。
四ツ木駅年表
1912年(大正元年)11月3日 - 開業。
1923年(大正12年) - 荒川放水路開削に伴い現在地に移転。
ちなみに、立石駅もこの影響で移転しています。
立石駅年表
1912年(大正元年)11月3日 - 立石駅として開業(葛飾区史などの記述に基づく)。
1923年(大正12年) - 荒川放水路開削に伴う路線変更の際、運行上問題のあった四つ木 - 立石間の併用軌道部分を専用軌道に変更するのに伴い、現位置に移動。
1931年(昭和6年)11月18日 - 京成立石駅に改称。
ついでに青砥駅も調べてみると
青砥駅年表
1928年(昭和3年)11月1日 - 日暮里 - 青砥間開通のための分岐駅として開業。それまで立石 - 高砂間には駅は設置されていなかった。
1931年(昭和6年)12月19日 - 日暮里 - 青砥間開業。
昭和3年まで駅がなかった!!!これまたびっくり。
葛飾まだまだ、奥が深いぞ。
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